有限要素法による河川洪水解析の話 2004.01.19〜                前橋工科大学建設工学科 助教授 梅津 剛


はじめに

卒業研究のため、希望する研究室を選択する時期が来たときのことです。大学3年生の12月でした。

学食で「めったにこない梅津が来た」ということで、「おめ、とにかく、これに希望の研究室を書いて、出さないといかんぞ」と
親切な友人が「配属研究室希望用紙」をくれたわけです。

無知なる私は、「ふーん、コンピュータ使うとこはドコ〜?」と聞いたところ、
「それは、KM先生のところだよ。いやしかし・・・・」
と聞くか聞かないかで、さっさと、そこを第一希望として書きました。

皆さんの顔は青ざめ、「梅津、ちまよっかたか!」と制止した、その、当時はよっぽどのことが無ければ、決して
選択の中には入らない、そんな研究室を、私はうっかり志望しました。そこか、「構造解析研究室」。

閻魔大王の御親戚ではないかと思われる、それはそれは迫力のある先生、そのかたに、まさかそれから
8年にもわたって御指導を受ける身になろうとは、(今でもお中元とお歳暮は必ず!)思いもよらなかったです。そのとき、1983年2月。

アウシュビッツのような暮らしが始まりました。それまで月2回ぐらいしか大学に行かなかった私が、
夜遅くまで、朝まで、昼も、ずーっと、大学の電算室で、「ばじばじ、びしばし」とデーターカードに
孔を空けてゆく。ばっさばっさ出てくる、いまじゃ見たこともないB4大位のリストを、読みながら、
丸の内線でアパートに帰る。書くは書くは。方程式やら離散式やらプログラムコードやら。
なにか悪いものでも食ったかのような変貌ぶりで、いつしかにして、

こんな私も、2ヵ月後には、すらすらと、日本語で話をするように、FORTRANというコンピュータ言語を
操れるように、なってしまって、いました。そりゃ自分でもびっくり。

あれ?ここって、こういう話を書くところ?これじゃあ、日記とおなじじゃんか。
いかん、方向かえなきゃ。有限要素法の話だよっ。ここは、



2段階陽的有限要素法による河川洪水追跡解析

これが、私の卒業研究と修士課程(正確には、博士課程前期課程)の研究テーマでした。

ばね構造解析、ポテンシャルフロー解析、そして浅水長波流れ解析(段波)の理論とプログラミングトレーニングを
最下位のできで、やっとこ、こなした私は、一ヵ月後、卒業研究のテーマを決めなければならなくなりました。

人にやらされるのは、朝礼でたっているのと同じぐらい、出ても出番のない井戸端会議に出るのと同等に、嫌いな私は、
「洪水解析やりますぅ」と先生に自己申告し、めでたくその研究に着手することになりました。
じつは、幼少の頃、大洪水にあって、当時は大金だった500円入りの財布を川に落としたことがあるのです。
そのトラウマが、私の卒業研究、そして、その後の人生を決めました。いやー落としてよかった。

有限要素法による流体挙動の解析、実際にはシミュレーションといったほう正しい、それは、
コンピューターを用いて、手計算では絶対に解くことのできない何万、何千万元もの連立一次方程式を計算します。
具体的な形状の中を流れる、空気や水の挙動を、あそこは速い、ここは遅い、あっちは圧力が低い高い、などと、
流れ場全体の流れ状況を一発で現す、それはそれは、見事な計算法です。

当時は、有限差分法や境界要素法などの別の計算方法もはやっていましたが、私が出会った先生は、
有限要素法の巨大大家でありましたから、選択の余地などありません。もちろん、境界要素法も学ぶことが
できたわけですが、私にとっては難しすぎてだめ。数学的な美しさやさわやかさにはぴんと来ない性格だったので(今もか?今もだな)、
実際にイメージの湧いた、「洪水現象」を選択したのです。

「うーむ、そうするとだよ、地図から2次元のメッシュを切ってだ、その全節点に高さを入れると、3次元の地形データーができるわけだね」
「そうそう、そんで、その地形データーには、川も、あるわけよ。丘も表現できるね。」
「ほほー、ほんじゃ、木、なんかはどうするの?」
「いやー、木は勘弁してください。」
「なんで?」
「メッシュってのはね、10m幅で切っても、実際の洪水をあらわす地形域じゃぁ、数万、数十万、数百万の要素がいるじゃんか。」
「木なんて、細かくてあらわせないよ。」
「そーだなぁ、んじゃ、堤防は?」
「堤防はOKだな。でも、堤防のところで、極端にメッシュ幅が狭くなって、三角形で切るメッシュの場合でも、アスペクト比が悪化するよ」
「アスペクト比ですか」「あすぺくとひです。」

とにもかくにも、メッシュを切ることになりました。
選んだ場所は、大河津分水、そう、信濃川下流域新潟平野でした。たった数千のメッシュ。私が最初に切ったメッシュでした。

洪水追跡は、それまでの流れ解析と、全くことなる特殊な技法が必要となりました。それは「移動境界」です。
通常、流体の計算は、固定されたメッシュで、全てのメッシュに流体が存在し、それが連続につながっていなければならなかったのです。
代表的な計算は、粘性流体の「円柱周りの流れ解析」でした。

ところが、水の流れのうち、河川や水路流れのほとんどは、水面が大気と接触しています。
ですから、水は高いところから低いところに流れるのが、支配的。そして、乾いた大地を流れ、
水位が上がれば川幅が広がり、水がこなくなると、干上がる。
そうした現象です。

つまり、流量の時間変化によって、流れ領域の空間の変化が生じる問題でした。
洪水解析は、水流体の挙動を表すだけではなく、この水の無いところに水が広がり、水のあった場所に水が無くなる、という
領域の変化を考慮しなければならない計算技法を要求されるのです。

先輩が途中まで製作したプログラムを受け取り、リストで23ページにわたるプログラムを、じーとなんどもなんども読み返し、
そして、私はそのときに、イメージしていました。

テレビ画面、ブラウン管の中で、数値データで作られた地形が表示され、川があり山があり堤防があり、そこを水が流れている姿です。
そして、上流から洪水流が押し寄せ、堤防から水があふれる様でした。

まったく、計算をしていない、プログラムも完成していないし、方程式の意味もわからず有限要素法の理論もサッパリだった、そのときに
私は、その計算結果のアニメーションがディスプレイに動画で表示されている様を、創造したものです。

それは、就職し、夜間しかない短期大学の専任講師となって、「ヒマ」になり、
32bitのPCしか周りになかったことによって、初めて実現することができました。卒研から8年後のことでした。

さて、そんな昔話はともかく、
洪水流を数値計算で、有限要素法で、計算します。
用いる基礎方程式は、いまや誰も使わない(てほどでもないんだが)天下無敵の、「浅水長波方程式」です。
この方程式と付き合って22年。長いものです。おそらく、この方程式しか、あつかったことのない半端者は私ぐらいでしょう。

浅水長波方程式は、水の流れを準3次元的に表します。2次元では、ありません。
計算領域は、平面2次元のメッシュで、三角形でも4角形でもなんでもよいのですが(だってそれ基礎方程式と関係ないからさ)
メッシュの節点には標高も入れることができます。

ふつーは水深を入れるっていうんだけどね。でも、ほれ、段波だけじゃ、あるまいし、乾いたところも扱うので、
静止水面なんぞは相手にしないから、標高値がまずは入るわけです。

未知量は、流速と水深。(水位じゃ、無い。)
流速は「平均流速」で、水平2次元方向のそれぞれの成分、x方向の流速uとy方向の流速vです。
平均流速とは、鉛直方向に平均化した、ものです。

浅水長波方程式の大前提は、深さ方向の圧力分布は「静水圧分布を呈する」ですから、
鉛直方向の流速成分wの時間変化や空間変化は、「このさい無視」という度胸で、
3次元の非圧縮ナビェストークス方程式、式4本未知量4つを、浅水長波方程式、式3本未知量3つにするのです。

「なーんだぁ、ちょろまかして、1個へらしただけじゃんかぁ」
「いや、そういうなよ。3次元の計算てのは、21世紀になった今でも、相当たいへんなんだお。」

浅水長波方程式では、水の挙動を、平面2次元上で、流速場は平均流速として「上から見た感じで」あそこは速い、ここは遅いと表し、
水面形状は、標高値+水深で表した、「水面形状」で表現できます。
ですから、3次元の現象をぶったぎった面で表す、2次元計算では無いのです。


おっと、時間だ。日記も書かなきゃ。今日は本文スタート日なので、今日はこれまで。