平 家 蛍 の 飼 育 日 記 (連載シリーズ2004.03.21 Start)
株式会社 環境技術研究所 梅津 剛
(前橋工科大学 准教授)

はじめに
  株式会社環境技術研究所は、前橋工科大学建設工学科梅津研究室の研究成果を社会に出すために設立されました。


これから蛍を飼育してみようと考えられている方や、現在飼育していらっしゃる方へ、参考になればと思います。

<平成9年6月頃の話>

平家蛍の飼育は、炭素繊維水中濾材との出会いから始まりました。平成9年、6月頃のことです。
最初は源氏蛍です。山形県の田舎の出身であるにもかかわらず私の記憶では蛍など2,3度しか見たことがありませんでした。

ですから、最初に源氏蛍を手にしたときには、「うあーひかってるー」と感激するだけで、
その大きさも、オスメスの区別も、全く気に留めることができませんでした。

水環境問題を研究テーマとしてはじめるに当たり、私は考えなければなりませんでした。

通常の研究のプロセスは、既往の研究調査、文献調査、現地調査、測定・計測、基礎実験・事象の解明、定式化などとなります。
それらの成果は学術論文として、永遠に残ると考えられている書物として、残されるべきものとされています。

そうしたことばかりではなく、

「環境問題ってのは、生き物のことだから、飼育して見なければ解からない」と思ったわけです。

源氏蛍のオスメス1匹を産卵ケースに入れました。産卵床は、「乾燥ミズゴケ」でした。

食器洗いケースの中網にミズゴケをしいて、霧吹きして、成虫を入れて蓋をして、保管しました。

本当は、もっと光るところを見たかったのですが、「さすがに交尾産卵中にじーと見るのはいかんだろう・・・」と思ったので、
研究室の書庫の下にしまいこみました。

何しろ、昼夜の区別が全く無い生活なので、深夜でも明るい研究室ですから暗いところがありません。
部屋をシロクマのように徘徊し、やっとこ、その場所を探し当てました。

私の研究は「数値流体力学」なので、研究室はコンピューターだらけ。
その頃は、複数のPCをネットワークでつないで、分散処理を行う「並列計算技術」の研究をしていましたので、
突然、全く畑違いのものが参入してきたことになります。

おかげで、大変新鮮でした。

時々、産卵状況を見たい気持ちにとらわれましたが、「きっとだいじょぶ」と言い聞かせ、
できるだけ産卵ケースは見ないようにしていました。

1週間ほど経過し、成虫は死んでしまったと思います。

そこで、産卵ケースを取り出し、明るいところで、じーと観察したところ
おーおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉっぉーーーー!!!
生んでる。
いや、大変小さいながらも、ミズゴケの先っぽやらに「ぷつ、ぷつ」と、源氏蛍の卵が発見されたわけです。
ありゃぁ、感動しました。とっても、うれしかったのを覚えています。

そーかー、やっぱり、生き物ってのは、すごいもんだなぁ・・・・としみじみと感心し、
「そーだ、これは、写真に、取らねば、なるまいっ」というわけで、
女房だましてうっかり買った、コンタックスSTにバリオゾナーのズーム80mmをつけて、
三脚つけて、覗いて見たのですが

「ズーム」でとって、どうすんじゃ。

建築の先生に、写真大好きな方がおりその人に相談したら「ほれこれ使え」というので、えーと、なんて、いうのかしら、
接写の道具なんだけどー、じゃばらになっててー・・・ってのをお借りしました。 ( しかも、これ、まだ、返していない。 )

ほんでレンズをテッサーに換えて、とりました。そう、この頃は、デジカメってあんまし、性能よくなかったんだなぁ。
さて、そのときの写真を探して見ましょう・・・っと・・・・・・ないなー。ドコに、あるのかなぁ・・・

お、違うのを見つけました。その産卵ケースです。それと、ミズゴケに生んだ、卵でーす。

じゃばらで、取った写真は、また今度。このころの画像データは、スキャナ取りでしたからね。

そんなわけで、6月が終わり、しみじみと、孵化を待つことになったのでしたー。

いったい、何日で孵化するのか?まったく予想も付きません。そもそも、心配はたっくさん、あります。

温度は何度?研究室で冷房かけているけどー、何度の設定がいいの?

卵は湿らしたほうがいいの?カラカラでもだいじょぶ?ぐちゃぐちゃにしたらダメ?

蓋はしておいたほうが、いいのかしら?

空気は送ったほうがいいの?

下に、孵化した幼虫はポトリと落ちるらしいんだけど、それは見たいもんだ。

でもどうやって見りゃいいんだ。
だいたい、何匹生んでんだ。みたところ、50個ぐらいだなー・・・・

教えてくれる人が、おらん。んで、聞く気も、ない。
今よりもずーとヒマだったけれどそれなりに仕事をしていたわけですから
蛍のことなんぞかまっておれん、状態の日もありました。

日がたつにつれ、卵を見た感激が薄れ、あーもうどうでもイーヤと、なったそのころ、
ふとバケットの下をのぞいて見ると、そこには!


黒いてんてん。てんてんてんてん。あと、くろいゴミ。それが孵化したばかりの源氏蛍の幼虫でした。
その小さいこと小さいこと。良く考えたら、直径0.5mm程度の卵から、出てくるのだから、小さいに決まっていますが、
それはそれは、小さく弱々しいものです。

伸びて2mmの丸まって0.5mmか、胴体幅は0.3mmぐらいだなぁ・・・15倍の虫眼鏡でじーと見てました。

この源氏蛍の卵からかえったばかりの幼虫は、1齢幼虫と言います。まだ、脱皮していない幼虫です。
源氏蛍は、それから6回脱皮して7齢幼虫となって上陸するのです。

とっても、とっても、とっても、驚いたことは、

この、卵からかえったばかりの幼虫は、なんと!
水面に浮いている
のでした。

もちろん、全部が全部では、ありませんが、多くの1齢幼虫は浮いていたのです。
はー、これは、たいそうな、問題だ
この大きさ、この軽さ、そして、水面にも浮いてしまうその姿。
そう、ちまたで、行われている、あの、


「いやー、今度、人工水路を作りましてねー、蛍を飛ばそうかと思うんですよ。」

「ほほー、それはそれは。すごいですねー、蛍なんて。いったいどんな水路を作ったんです?」

「いやね、やっぱり、自然に飛んでる蛍のいる場所に行って見たら、解かりますよ。あれを、そっくり真似すりゃいいんです。」

「あー、そうでしょうねー。やっぱり自然の小川の情景をそのまま作らないと、蛍は、出ませんよねー」
 

「これが水路ですね。」「そうです。」

「ほほー、蛇行もさせましたねー。こってますねぇ。」

「そうなんです。少々苦労しましたが、やっぱり自然の小川は、こう、蛇行していないとね。」

「やー、流れてますねー。そよそよと、さざなみたって、気持ちイーですねー。」

「ああ。2kWのポンプを奮発しましたよ。毎分、500Lの水が流れているんですよ。やっぱり流れはこれくらいしないとね。」

「おお!コイもいるではありませんか!」

「いーでしょう。やっぱり、コイですよ。水路には魚もいないとねぇ」

「しかも、もあるではありませんか。すばらしー」

「水のほとばしる音を聞きながら、蛍の鑑賞をする。いやー、早く、夏にならんかいやぁ」

「じゃー蛍が飛んだら宴会ですねー」

「よっしゃ、準備しましょう。幸いにも、ここは街灯もあるし、薄暗い中で結構いい雰囲気。ここにテーブルおいてー、大宴会だなー」

「地面もちゃんと整備されてますねー」

「そう、いっくら自然つっったて、雨が降ったとき、どろどろになっちまうんざぁ、いかんからねー。」

「ちゃぁんとしめかたまりのいいつちを敷いたんだよ。水路からの水漏れも、ないしねー。」

「それに、水路も自然石で護岸してあって、とってもステキー」

「まさに、蛍の水路って感じだろー」

「ホントねー」


「蛍は水が綺麗でないと棲めない。」よく聞く言葉ですね。
だから、思わず、流したくなるもんです。

私のWebの各所に出てくる言葉「水が綺麗とは一体どういうことでしょうか」



さて、源氏蛍の1齢幼虫の極小さには、まったく閉口しました。

「ナニ食うんだ、これ?」そりゃ、カワニナだろうよ。だろうけども、
一体、こんな、ちびっちゃいのが、どうやって、あの、ほそながぁくてフタがあって、
悠然と、のしのしと、ガラスにべったり、張り付いている
カワニナを食べるというのですか?フシギでした。

ラッキーなことに、そのころ、大いにヒマだった私は、源氏の幼虫飼育を、すっかり隠居しているオヤジレベルで、
時間をかけて行うことができました。その頃、短期大学から4年制大学になったばかりで、面倒見る学生がいない。

そうして、尾崎先生から、ステンレスのバットをちょろまかし、こずかいで買ったつまんねーエアポンプ1個と、
そのころは、何物か全く不明な魔法の材料「炭素繊維性マット」の切りかすを用いて、
そうして、源氏幼虫の飼育が始まったのでした。

「ふーむ。この大きさでは、コンくらいの、カワニナでは、どうですかねー」と、5mmぐらいのを入れてみた。
数時間後、「群がっているんだがなぁ。さすがに、強い。なかなか食われん。」

「ふーむ。ほんじゃ、コンくらいでは?」と、今度は、2mmのカワニナちゃん。見事に、食われました。
その群がり方の、すごいこと。

これも、一眼レフで取ったんだっけなぁ。

後に判明しましたが、源氏の1幼虫は5齢状態時で400以上いました。
だから、このときには500匹ほどいたんでしょうね。

「カワニナの稚貝、持ってませんかー。もってませんかー」と大学内をさまようと、
持ってるやつが、いるんだなぁ。

水質分析室で、カワニナ飼っていたお嬢様(いま子持ち)が、カワニナちびを100匹ぐらい持っていたので、
私は遠慮なく、それを絶滅せしめたのです。

「ほれ、これ食えー」とカワニナちびを幼虫ができるだけ、群がっているところに落とす。
そのあと、スポイトで、「イヤーン」と脇に逃れた幼虫を、とって、かける。

・・・・暇だったねー。

ちょっと、大き目のカワニナの場合には、××して、○○にして、置いてみると、おお、食うではないか。

そうこうしていると、温度が気になってきますねー。何しろ暑くなってきた。冷房を下げよう。
んで、まだ赴任前の先生の、空いている部屋に侵入して、かわいそうにも蛍のためだけに冷房、したかしないかは謎として。

あー脱皮したみたい。そうして、だんだんカワニナも8mmぐらいのを××していれたりして、徐々に大きくなっていったのでした。

そのころの思いは、「ともかく、水は換えちゃ、いかん。ぎりぎりまで、待つのじゃ」でした。

どんな状態がぎりぎりなのかは別にして、
同時に進行していたグッピーの飼育は、6匹の1cmの稚魚から、200匹ぐらいになっていて、
そのポリシーが「水換えなし、じゃ!」だったので、
くせで、そう思ったのかもしれません。


7月、すっかり、蛍の幼虫飼育にも「飽きて」しまった私の元に、
「カレーおごってやるから平家蛍を取りに行きましょう」
という神様のような提案をしてくださった方がこられました。

ついでにいた、yokoとyukoもご相伴。ズルイあんたたち。

道覚えの才能ゼロな私は、いまとなっては、一体ドコに連れて行かれたのか、さっぱり解からない。

蛍の採取。私は、すばやかった。「ここでーす」の合図と共に、30秒後に、私はメス1匹を握っておりました。

そう、メスは大体、源氏でも平家でも、△△なところにいるんですよねー。なんとなく、そうじゃねーかと思いつつ、
てきぱき、数分で、オス2匹、メス2匹を取らせていただきました。

で、畔に、片足突っ込んで、かぶだれくっちゃいました。とほほ。

そう、それが、いま、数万匹に増殖したご先祖様だったのでした。

「増やして返しにこよーねー」「ウン、ウン。oo」
場所がドコだかわかればなぁ・・・・1,000匹きぐらい一気に返すんだけど。

そうして、平家蛍の産卵は、「へへーん。も、一回やってるから、プロだよー」とスンナリ開始し、
平家蛍と源氏蛍のダブル飼育が始まったわけです。

あー、あったぁ!Contax STじゃばらで取った、秘蔵の、水苔に生んだ、源氏蛍の卵。

なつかしい。このときは、感動しましたねー。

グッピーは、稚魚だらけとなり、源氏に平家蛍、そして、実はもう一つ、「活性汚泥」を飼い出した私は
このころから、いつのまにか、ふつーの人とは全然違うプロセスで、水環境の研究者と、
なっていったのでしょう。

平家蛍の孵化がどうだったか、そして、どのようにして飼育していたか、
あまり覚えていません。

資料ももはやあまりない。要するに、このころからすっかり飽きていたんですね。
特に平家は100から80匹ぐらいの幼虫数で数も少なく、「ほれほれ生きてろ」状態でした。
それよりもグッピーが、かなり大変な数となり、それなりに話題を買っていたため
懸命にグッピーの世話をしていたのでしょう。

しかし、
このグッピーの飼育と平家蛍の飼育には、
あまりにも巨大な壮大な見事な壮絶な、目からうろこで足に魚の目な、関連性があったのです。
そう、
それは、


グッピー飼育の初期の写真が見つかりました。
1997年だったんですね。
私が蛍の飼育を始め、そして同時にグッピーの飼育を始めたのは。そんなに、昔だったのか・・・

この炭素繊維にイバリのようにくっつけた微生物の塊。この水槽からすたーとして、
最初にプラティで試して、200匹ぐらいに増えて、海外出張の前に、「餌かー」と、
冷蔵庫にあったヨーグルト賞味期限切れのを丸ごと一個いれたら全滅したので、
その死骸を取らずに、放置して、臭いと濁りが取れたので、グッピーを飼うことにしたのでした。

このころ、炭素繊維の釣り方巨大研究大会だったので、いろんなつりかたしてますね。
グッピーが産卵して稚魚がいるのが見えますね。

そして、ふえまくって、こうなり、とうとう60cm水槽ではイカン、となって、90cmに移動しました。

そうしてピークはこういう姿に、なったのでした。いまでも、この1/5ぐらいのこの子孫グッピーが、
この水槽で、たまーに餌をくれるのを心待ちにしているのです。
いやー、なつかしい・・・・・。



っと、ほたると関係ないじゃないか。
そうです。私は、一生懸命探したのですが、その写真が見当たりませんでした。

「熱帯魚を飼育すると、ヒーター使いますよね。」
「うんうん。使うねー、水温25度だもんね。」
「熱帯魚って、きれですよねー」
「うんうん、幻想的だしねー、こう、石とか草とかの間をー」

「おお、そうでした。水草を入れねば・・・・・・」

かくして、お店に行って水草なるもの、それを購入すると、
私の言いたい蛍と熱帯魚水槽との超巨大関連性が
大体、まちがいなく、出てくるのです。

その生き物は、活性汚泥をだっぷり投与した茶色のどろどろも大好き!
5や10mg/Lのアンモニアぐらい、結構平気。
ガラスの表面に、へばりつき、
ねろねろ〜とした、透明なちょと白い、粘液に包まれた***を産み、
いつのまにか、水槽の中には、そこらじゅう。

存在感だっぷり

「きれーな、水槽が、こいつのおかげで、台無しなんだー」

とってもとってもいなくならないよー。とほほ・・・・

屋外で、これを大量に見つけられるところ、それは、水深が浅く、流れがほとんどなく、
できれば、黒々としたデロが底を覆っている、そんな見向きもされない側溝に。

わたしは、グッピーの「絶対水換えないぞ水槽」で
それを無尽蔵に手にすることが、できた時代があったのでした。



生物の飼育は、いろんな人がいろんなものを、いろんな形で行っています。

蛍の飼育からは相当に遠ざかる話ですが、植物はその中の代表的なものですね。

私も観葉植物を育てています。かれこれ、10年以上経過したものがいくつかあります。
ドラセナ、幸福の木と呼ばれるものは、大学に赴任した直後に980円でホームセンターで購入し、直ぐに植え替えたら、
根っこが1本しか出ていないのに驚きました。

「なるほど!これは直ぐに枯れるわなぁ」

今現在は2mほどになり、花も4回目となっています。14年目を迎えました。

ベンジャミンは3本よじったもので、最初から1mぐらいありました。
これはやはり赴任直後にお祝いで、今の社長からもらったものです。
1.5mぐらいになり、年3回ぐらいは葉っぱを切っています。

花の存在は気づきませんでしたが、
昨年、種をつけました。フシギなものです。これも13年の付き合いです。

そして、スパシフィラム。女房が一人暮らしをしていた頃からのもので、何度も株分けし、
肥料を間違えたりしながら、何とか今でも緑みどりしています。
別に懸命に世話をしてきたわけではありませんが、これも14年以上飼育しています。

私の植物に対する考え方は、たった1つ。
それは土の中、根っこです。

植物が我々に見せるものは土の上の部分。
茎や幹や枝や葉や花ですが、それらの状態は全部、
土の中の状態で決まるなぁ・・・としみじみと思います。

オーストラリアでは、砂漠の緑化のプロジェクトに参加し、下水処理施設を手作り製作しに何度も行きました。
現地の人は、乾燥地に生える植物にとっても詳しい。いろいろ説明してくれました。

ユーカリにアケシアにニードルブッシュ。
あの、茶色の石だらけの表土。腐植土が全く積層できない大地で生える植物には、
「ほほー」とずいぶん感心させられることが多かったのです。

屋上緑化の研究で多肉植物メキシコマンンエングサ「セダム」に出会い、
さらに植物にたいして驚きを覚えました。

池水浄化を行い、その後、池水環境創出という生物の食物連鎖構築手法に移行しました。
そして、
「あおみどろ」「クレソン」「ホテイアオイ」といった水際の植物を研究しました。

また、尾瀬にいっては「ナガハノモウセンゴケ」に感銘し、
神津島では垂直な土壁に放射状に生える「もうせんごけ」を見て
それはそれはうれしくなったものです。
そーか、貧栄養か・・・植物の棲息領域の条件は多彩ですね。

20年以上前、アメリカのヨセミテ国立公園にいきました。そこで、ジャイアントセコイアの巨木を目の当たりにして
その保護のなかで、我々が勘違いをしていたことも知りました。
セコイア群を育てたもの、それは「山火事」でした。



平家蛍は、水陸空を棲息領域とします。飼育する際に、最初は幼虫から。

だから、まず水の中が気になりますね。餌とか水質とか。低層の状態とか。
次に、上陸のシーズンとなれば、いよいよ陸が気になります。
陸といっても、蛍幼虫の動きを思い起こせば、まずは水際の状態。
そして、水際近くの陸。
そして、幼虫が蛹と変態を行う土の中。

さぁ、思い出して見ましょう。私たちが自然界と称する屋外でしっかり毎年蛍が見られる場所の情景です。
たとえそれが藪であったとしても、雑草が川の流れを覆いつくしていたとしても、
そこには、多大な量の、多彩な組み合わせの、
植生がありますよねー。

人工的に、私たちは蛍を出そうとしています。

「んにゃ!おらんとこは、外に水路も作ったんだから、自然だ。」

「んにゃんにゃ、わたしんところは、昔からの小川に幼虫放すんだから、自然だ。」

残念ながら、自然では もうありません。

蛍の幼虫にとって大切な生活の場となる水の中、
その水は、何処からかやってくるのでしょうか。

田舎の小川でも、ダムや道路や人工水路を経て、
大雨の時には、どわーっと流入します。

その水路、その小川だけが自然風であっても、その周囲が、既に、目一杯、人工的ですね。

植物は、本来生えるものが、そこに生えます。
そして、様々な植物がそのなかでテリトリーを争います。

何も無いところにはじめに生える植物、そして次の年、その情景は変わります。

植物の種類はどんどん変化し、水際は植物で覆われ、称するところの「自然」の情景になっていくのですが、
時として、我々は、それを排除するのです。

なんで?

「えーだって、じゃまじゃんか。植物で水見えるとこ、なくなっちゃう。」

「なんか、虫がわきそう。」   (蛍も虫ですが)

「だいいち、そんな雑草、汚らしいしー、見栄え悪いしー、管理されてないって怒られちゃうよー」

こんな風に、蛍を出す環境作りは、とっても、大変。


環境技術研究所 EEL NEWS に続きます。